過去に、一生かけて償わなければならない、聞いた人は幻滅するような罪を犯したので観るの怖かったけど、腹を決めて観た。
あとで思った事書く。
書くの随分遅くなってしまったが、綾野剛の優しい話し方にドキドキしたわ。
まだ1回目だけど、ものすごい感情を抱いたドラマだった。前にベル委員で作業しながら出産の話になったのは、偶然じゃなかったんだなぁ。私が出産した時は、初産で陣痛がきてから6時間半、2人目は3時間半。苦しかったけど安産だったし、近くに難産や壮絶な経験をした人いなかったかったので実感薄れていたけど、やっぱり出産っていうのはキセキの連続なんだなぁ。
一般的に逃げって良くないことだと考える。逃げることによって幸せを手にする良い逃げもあるけど。良い逃げは、その時の状況によっては私もするし、子供達にも勧める。
しかし、ひき逃げ、当て逃げ、食い逃げ、振り逃げ、やり逃げは・・・悪い逃げ。
このドラマでは、産み逃げだった。物凄く心が重くなった。私も同じような状況だったら、健診も受けずに誰にも頼れず、後のことなんて考えられないのかな。涙が止まらなかった。
私の中では、過去に同じ罪を繰り返したことを重ねたりして、また深い闇へ入り込んだ。お前忘れんじゃねえぞ!と釘を刺されたみたいに。
忘れる訳がない。ショックが大きくて、決断・決行したあの時はしばらく、死のうと本気で思ったほどだ。今も、いくらでも罰を受けるつもりだし、一生償う気持ちは変わらない。
○○逃げは、してから逃げるもので犯罪になるものが多いけど、しないで逃げる、○○しない逃げもある。私はそれだった。
おそらく、あの時が人生の別れ道だったと思う。真逆の人生をどんなふうに過ごしてたんだろう。○○しない逃げをあの時しなかったら、確実に今の家族はいない。旦那にも出会わなければ、美羽も勇太も私の元に来てはくれなかった。起こる事には全て意味がある。私は何をすべきなのか。
2人の母になれたことは私にとっては幸せだが、子供達にとっては本心はどうか分からない。
私の母は高齢出産をした。父は川で遊んでて流されて2歳で長男を亡くしてしまったショックでお酒の量は増えていき、単身赴任で行ってた横浜で亡くなった。父の記憶は写真でしかない。ショックを受け病気になりながらも、私達姉妹を育てる為に苦労する母を見てきた。いつしか普通に良い歳でお母さんになり、普通の家庭を作ることが夢になってた。
授業で学んだ時も、私なら絶対にそんなことしない!って軽蔑してたのに、まさか自分がそんな逃げをして罪を犯すとは思わなかった。そんな事するなんて許せないって思ってたことをした自分が、もっと許せなかった。心配かけたくなくて、当事者を除いて誰にも相談したり打ち明けたりできなかった。これからも口で言うことはないけど、自分への戒めとして記しておく。
あの時はできなかったが、子供達守る為なら私の命と引き換えにできる。親として当たり前のことだが、人生の別れ道で逃げてしまい、天国にいてほしいと願うあの子達に恥ずかしくないように、逃げたことから手に入れた子供達への愛情を枯らさないことで、同時に心であの子達を想う。逃げたんだから、本来ならお母さんになることは許されないはずなのに、私の元に来てくれた。お母さんにしてくれたことへの感謝も忘れずに生きてく。
お母さんの前に1人の人間って思うのが今は普通なのかもしれないが、罪と生涯向き合うため、お母さんの前にも人間も何もないと思って生きていく。
とはいえ、人生最大の夢は今も宇宙から地球をこの目で見ることだけど、人生を全うして生き抜いたら、見に行けるような気もしている。
私と同じような失敗や逃げで罪の意識から逃れられずに苦しんでる人や、これからそうなるかもしれない悩んでる人の話を聞いてあげられたらいいな。何事もなかったかのように生きるなんて、自分にはできないから。日常のゴタゴタや非日常の幸せな時間を過ごしたって、常に忘れない。
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